アトピーを気にしてなかった幼少時代-先生が飲ませてくれたドクダミ-

腕裏と膝裏のアトピーに毎日悩まされていた幼少時代。

アトピーの幼少時代
かゆいなぁ

かゆいなぁと日々感じてはいましたけど、まだ幼かったのでアトピーが恥ずかしいとか見られたくないとかいう気持ちは、まだありませんでした。



幼少時代はアトピーを見た友達からは不思議がられるだけで差別はなかった

アトピーをみたお友達の反応
XXXちゃん、おケガしちゃったの?

小学生低学年頃までは、友達もアトピーのことで私をからかったりすることはありませんでした。

赤くただれた腕裏を見て「xxxちゃん、お怪我しちゃったの?だいじょうぶ?」みたいな反応でした。わたしも「よくわかんないけど、かゆいの。」みたいな返しで特に気にしていませんでした。

アトピーに対する母の対応

わたしのうちは母子家庭なので、母がとにかく忙しかったようです。

ベビーパウダー

わたしのアトピーのことは理解していましたが、熱心に通院したりすることはありませんでしたし、アトピーの患部にもベビーパウダーをはたくくらいのケアでした。

なぜか母は、わたしが赤ちゃんの時に受けたアレルギー検査で少しだけ卵の値が高かったことを気にして、卵を丸ごと食べるようなことは避けていました(ゆでたまごとか)。
後に、その値は別に大したことはなく普通に卵を食べても問題なかったことがわかるのですが、母は忙しいなりに、わたしのアトピーをなんとかしようと気にかけていてくれたのですね。

インターネットもない時代ですから、忙しい母がアトピーについてあれこれ調べるのは難しかったのでしょう。

さらに母の楽観的な「いつか治るでしょ!」的な性格もあり、特別なケアもせず、わたしは自分がアトピーということをあまり気にせず過ごすことができました。幼少時代に無知なままステロイドを多用されたり、色々制限されず過ごせたのはよかったのかもしれないですね。

小学校の担任の先生が、わたしのアトピーをなんとかしようとしてくれた

小学校の一年生のとき、女の担任の先生がわたしのアトピーを気にしてくださり、熱心にケアをしてくれました。

ある日、学校が終わり帰ろうとすると

「xxxちゃん、ちょっといい?」と先生に声をかけられました。そして先生はおもむろに教卓にカセットコンロを出し始めたのです。

そして大きな瓶をドン!と出しました。

どくだみの砂糖煮
どくだみ…

「どくだみはね、xxxちゃんの痒いのがよくなるんだよ」

そういいながらカセットコンロの上に小さい鍋を乗せ、お湯を沸かし、どくだみの葉を砂糖で煮たものをお湯で溶いて、飲ませてくれました。

わたしは「なんか甘くて美味しい、わたしだけ飲めてラッキー」くらいしか感じなかったのですが、先生はこれで症状が好転するのではと必死に考えてくれたようです。

このドクダミ湯は5日くらい続いたと思うのですが、その後症状が好転することもなく、パッタリと飲ませてもらえなくなりました(先生も忙しかったのかな)。

いまの時代にこんな風に親に断りもせず勝手なことをしたら、問題になるでしょうね(笑)。良い意味で田舎でのびのびと過ごしていた幼少時代でした。